徳を積む

整体の師匠の言葉。

夏前の緊急事態宣言のあと、10年ぶりに道場に戻ってこれた講座で聞いた。

なんとなくはわかるんだけど

ハッキリとした「これっ!」というものはなくて、

毎週に道場に通いながら、

日々クライアントの施術をし、

衣食住を雲水の如く過ごしてゆくなかで

「自分のことは後回しに」

と教わったことが

年末のお節を準備していて記憶の奥からフッと顕れて

今している、これって

例えば、まだ世の中が寝ている時間に新聞を配達したり、

台所で家族のためにひとり早起きして食事を作る事であったり、

誰かのために「自分の時間」を使うこと、

即ち自分の「いのち」を使う事なんじゃないかなと。

日々の仕事や衣食住のことを、心を込めて丁寧に、誠実に行う事。

善きことに「いのち」を込めて

悪いことを行わない。

それが「徳を積む」という事なんじゃないのかなと。年末年始に思っていていました。

そして、「徳を積む」ことが「人間力」を向上させることになり、

しいては整体師としての力量が向上するとこなんじゃないかなと。

今年もよろしくおねがいします。

畑再開しました。

約5年ほど前に借りていた家庭菜園を再開。

以前は真冬のスタートで、寒い中体が暖まりちょうどよかった作業も、この時期から始めると、汗が玉のように噴き出して、改めて農家さんに頭が下がります。草を刈り、畝を造って来週種を下ろします。

暑すぎるからか、虫をみかけなかった。。

腰がツラいっす

七草粥

今年は自分たちで作った米で七草粥を作りました。

七草粥といえばどうしてもこの一節が思い出されます。

以下引用

野生のちからーー七草粥

粥の炊きがった土鍋の蓋を開けると、瞬間、湯気にのってふうわり立ち昇る七草の香気。取り分けた茶碗を、たなごころにうければ、しばし見入ってしまう。光をおびた白粥の清らか。若々しい緑の細々。すがすがしい正月のしめくくりを感じつつ、はしを運ぶ。

米のうま味と野の香り。

あるかなきかの塩加減。

中略

しんと凍てついた土に、はりつくように生えている野草は、まことにたえだえとしたありさまながら、霜枯れた自分の葉の奥に、ろうそくのしんのような緑を守って冬を過ごす。

こうした野のものたちの生き方、耐え方に、新年をあやかろうとの願いが、正月七日に七草を食する習わしになったのではないかと推量してみたくなる。

一方、野のもののあくは強く、その日その朝、摘みに出ねばあの香気とは出会えないのだから仕事は当然早朝、霜をふんでのこととなる。

日本の女たちは、こうした業(わざ)を繰り返しつつ、知らず知らず己を励ます定力を養い得たと思う。年中行事は巧まずして、女を育てたふしが見いだされる。

辰巳芳子 「味覚旬月 」68pより

引用終了

私の食に対する姿勢を良いものにしてくれた辰巳芳子さん、厳しいまでの眼差しで食とは生きるとは何かを伝えてくれています。